2月15日からの特定技能
1.はじめに
2021年1月6日、日越双方当局(日本は出入国在留管理庁、ベトナムはベトナム大使館)から、在留資格「特定技能」の取得について、2月15日以降新たに適用される手続きが公式に発表された。今回はこの制度の導入による今後のベトナム人労働者の動向を予測する。
2月15日から、ベトナム在住のベトナム人が在留資格「特定技能」を取得するためには、送り出し機関を通じてベトナム労働・傷病兵・社会問題省海外労働管理局(DOLAB)が発行する推薦者表(特定技能外国人表)を取得する事が義務付けられた。既に日本在住のベトナム人は、駐日ベトナム大使館が発行する「特定技能外国人表」の取得が必要になる。この場合、ベトナムの送り出し機関を通す必要はない。
出入国在留管理庁
2.サービス手数料
(以下、一部抜粋)経費を除いた、サービス手数料については以下のように規定されている。
a)労働者本人から送出機関に納付するサービス手数料は 1年の契約につき1ヶ月分の給料を超えないこととし、契約ごとに 3か月分の給料を超えないものとする。 ただし、日本側が少なくとも1ヶ月分の給料を送出機関に支払うため、労働者から徴収するサービス手数料は3ヶ月分の給料以下の金額から日本側が送出機関に支払った分を差し引いた金額とする。
b)技能実習2号、3号を修了した者は、特定技能労働者としての受入条件を満たしているので、送出機関は労働者本人からサービス手数料を徴収しない。
さて、大体予想していたとは言え、この発表には本当にがっかりした。これで特定技能制度も、特定技能で日本での就労を希望するベトナム人(希望者)が、ベトナムでいいように搾取される構図になってしまったからだ。
特定技能制度は直接雇用が前提ではなかったのか?送り出し機関は必要なのか?何故送り出し機関を通さなくてはならないのか?
推薦状の取得は希望者本人が就労先企業と協力して作成し、直接申請すれば充分ではないのか?
何故書類を作成するのが一般人には不可能なほど難易度が高いのか?
まぁ理由は容易に想像がつくが、そんなことは本ブログの読者の皆さんならすでにご存じだろうから、ここで敢えて触れる必要はない。これでは技能実習制度と変わらない。その理由を実際のフローに従って以下で説明する。
希望者のベトナム人の立場になって考えてみよう。この場合、殆どの場合以下の2つのケースになる。
3.ベトナム人の受入れフロー
ケースA
希望者が送り出し機関に就労先(受け入れ企業)を紹介してもらう場合
①特定技能希望のベトナム人が、送り出し機関などが掲載する求人情報を見て、送り出し機
関に申し込む
②面接(訪越/オンライン)
③合格者は、送り出し機関に推薦状取得申請のための書類作成を委託
④推薦状申請
⑤推薦状取得
⑥必要書類を日本へ郵送
⑦日本の受け入れ企業または登録支援機関が在留資格取得申請
⑧在留資格証明書をベトナムへ郵送
⑨送り出し機関がVISA取得
⑩訪(来)日スケジュールを決定
⑪訪(来)日
ケースB
特定技能希望のベトナム人が自分で就労先を見つけた場合、または技能実習時に就労した就労先に特定技能で戻る場合
①送り出し機関に推薦状取得のための書類作成と申請を委託
②以降は、ケースAの④以降に同じ
ケースAとBを比較すると、違いは送り出し機関が就労先を紹介するか否かのみである。
さて、費用面を考えると、どうなるであろうか?
4.費用について
DOLABがベトナムの送り出し機関宛てに2020年3月27日付けで発出した「日本への特定技能労働者提供契約と労働者派遣契約について」の日本語仮訳(在ベトナム日本国大使館作成)の下で検証してみよう。
ケースA
①受け入れ企業:給与の1か月分を「サービス手数料」として送り出し機関に支払う
②希望者:給与の1か月分を「サービス手数料」として送り出し機関に支払う
③希望者:2年目に給与の1か月分を「サービス手数料」として送り出し機関に支払う
※「1年の契約に付き 1ヶ月分の給料を超えない」なので、2年目には徴収が可能
④総額が給与の3か月分に達したので、これ以降「サービス手数料」は発生しない
仮に1か月の給与が20万円とすると、それぞれの負担額は以下のようになる。
受け入れ企業20万円:希望者40万円
※仮に受け入れ企業が2か月分負担すれば希望者は1か月分のみで良い。この場合の負担額は、受け入れ企業40万円:希望者20万円
ケースB
それではケースBの場合はどうであろうか?
この場合もケースA同様DOLABの推薦状が必要な事に変わりはないが、『送り出し機関はベトナム人から「サービス手数料」は徴収しない』となっている。それでは送り出し機関が無料で推薦状を取得してくれるのか?まさかそんな事がある筈はない。勘の良い読者は既にお気付きだと思うが、私が「サービス手数料」と言う用語を「 」付きで表記している理由が正にここにある。
つまり、ここで規定されているのは「サービス手数料」についてなのである。それでは「サービス手数料」とは何か?調べても明確な規定はない。私の個人的見解だが、受け入れ企業が給与の最低1ヶ月分を支払う義務があるという事は、日本で言う職業紹介手数料に当たるものと考察する。つまり「サービス手数料」とは職業紹介手数料に当たると考えるのが妥当な所であろう。
そう、これは「紹介料」のみに関する規定なのだ。つまり他の費用は「サービス手数料」には含まれないのである。同条文中以下の記述を読めば明確である。
5.日本への特定技能労働者提供契約
(以下抜粋)
日本側の求める技能及び日本語能力を満たすための日本語教育費と技能訓練費の全額は日本側が負担する。送出機関は教育訓練費を労働者本人から徴収しない。既に教育訓練費を自己負担した労働者の場合(技能実習2号、3号を修了した者を除く)、労働者本人から提出した職業訓練費及び外国語教育費の支払い証明書に基づき、送出機関における同業種 の訓練費及び日本語教育費を超えない実費を当該労働者に補助することについて、送出機関は日本のパートナーと合意しなければならない。
と言う事は、受け入れ企業は「サービス手数料」とは別に、上記の経費を全て負担しなければならないと言う事だ。
問題は「既に教育訓練費を自己負担した」希望者に対し、送り出し機関が「日本企業が負担してくれる事」を正直に伝え、責任を持って希望者に返金または他の費用から差し引くかどうかである。
もし送り出し機関が拝金主義であれば、「サービス手数料」に、「紹介手数料」や「面接設定手数料」や「書類作成手数料」や「事前オリエンテーション費用」や「推薦状取得手数料」や「在留資格取得手数料」などの名目で、希望者からいくらでもお金を取る事が出来てしまうのだ。希望者としても支払わないと日本に行けないし、質問しても明確な回答を得られない事が解っているから、聞かない。結局送り出し機関に言われたとおり支払わざるを得ないのが実情だ。送り出し側は殺し文句でダメ押し、「技能実習に比べると特定技能は給料が高いのに、費用が安くて良かったね」の一言でおしまい。
さらに対象送り出し機関リストに載っている送り出し機関が全て「優良」だとは限らない。弊社ベトナム人スタッフがベトナム当局に確認した所、「費用の徴収方法と金額については各送り出し機関によって異なるので、直接送り出し機関に聞いて下さい。」との事だ。
受け入れ企業は提携する前に詳しく確認する必要がある。外国人の在留資格の適性に付いては特に最近、当局の調査が非常に厳格になっているため、提携する送り出し機関が悪徳業者だった場合、受け入れ企業や登録支援機関にとっては知らない内に違法行為に該当してしまい、処罰される可能性があるから、これからは本当に注意が必要だ。これは技能実習制度でも同じである。
実際に、在留資格「特定技能」で日本での就労を希望しているベトナム人に対し、弊社が独自のルートでベトナムの複数の送り出し機関をリサーチした所、彼らが負担する主な費用はおおよそ以下の通りである。
- サービス手数料
・ベトナム人からは徴収しない
・ベトナム人から1ヶ月分のみ
・給与の3ヶ月分を上限とし、受け入れ企業の支払い分を差し引いた残額をベトナム人が支払う
・他の費用と全て合わせて1,000USD - その他の費用
・サービス手数料を支払った場合、他の費用は発生しない
・「サービス手数料」を含む全費用合計で、1,000USD(最安値)~5,500USD(最高値)
・サービス手数料とは別に、推薦状取得のみ500USD
これを見てもわかるように、各社ごとに大きく異なる。
それでは受け入れ企業がベトナム側に支払う最低限の費用はどうか? - サービス手数料
・1ヶ月~1.5ヶ月(20~30万円) - 日本語教育費 と技能訓練費の全額
・0~30万円 - 航空券(ベトナム⇒日本)
・5~8万円
希望者の負担は5万円~60万円程度とかなり開きがあるのに対し、受け入れ企業の負担はベトナムから特定技能労働者を一人採用するのにベトナム側に支払う費用だけで約30万円~70万円かかる。これに日本で職業紹介料が1~1.5か月かかるとすると合計で100万円前後になる。念のため付け加えておくが、これがすべてだとは思わないで頂きたい。立場の弱い希望者から費用を徴収しようと思えば、まだいくらでも方法はあるのだから。
一方、既に日本在住のベトナム人の場合、駐日ベトナム大使館に申請し、認可を取得するだけで採用が可能なので、費用は職業紹介料のみである。因みにベトナム大使館での申請費用は無料、5営業日で取得できる。
受け入れ企業としては、日本在住のベトナム人から採用する方が良いに決まっている。日本企業が多額の費用を払って、わざわざベトナム在住の特定技能労働者を採用する理由は特殊な場合を除いてほぼ無くなった。また、同時に技能実習か留学などの長期滞在VISAで日本に来たことがないベトナム人が、特定技能を希望する事も無くなるであろう。こんなやり方では、ベトナム在住の就労希望者を採用してくれる受け入れ企業などあるわけがない。そのため、このまま運用されるとは考えづらい。そこで、実際に落ち着く所について複数の送り出し機関に聞いてみたが、現時点では彼らも明言せず、他社の出方を探り合っている状況だ。私としては大体想像がついているのだが、現在検証中なので、ここでご紹介するにはもう少しお時間を頂くことにさせていただく。
6.最後に
最後にこの事だけは皆さんに知っておいていただきたい。今回の発表によって、技能実習制度と特定技能制度の基本的なフローは、ほぼ同じになった。ただ異なるのは、技能実習の場合は、その費用をベトナム人が負担して来たという事実である。法律では上限3,600USDと決まっているにも関わらず、実際には100万円以上の費用を支払って来日する技能実習生が多いのはこのような理由によるのである。ここに悪質ブローカーが付け入る隙が生まれ、実習生が失踪せざるを得なくなったり、犯罪などのトラブルに巻き込まれたりする大きな要因となっている。
こんな事を書くと読者の皆様は「それじゃあ特定技能はだめじゃないか」と仰るかも知れない。しかし、実は弊社ではこの傾向を正に好機と捉えている。特定技能制度の本質を理解し、合法かつ適切なビジネスモデルを構築する良い機会なのである。現在弊社では、ベトナム人特定技能労働者が安心して就労する事ができ、受け入れ企業には満足していたけるビジネスモデルを同様の主旨の下に集った日越双方の複数のビジネスパートナ―の方々と構築中である。因みに本ブログを執筆させていただくきっかけになった本ブログの運営企業である株式会社プロシーズもその一つだ。ここだけの話、私は密かに楽しみで仕方ない。
さて、今回は想定されるケースの中から主要なパターンのみに絞って検証したが、実際の現場では更に様々な事象が起こる。もっと実例を挙げてご紹介したいのだが、この場で全て説明するのには限界がある。今回は残念ながら具体的案件は割愛させていただくが、本ブログの内容についてのご質問やご不明な点、また外国人雇用に関するお悩みなどあれば、いつでもお気軽に櫻井まで直接ご連絡下さい。可能な限りサポートさせていただきます。今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
執筆者紹介
櫻井 良光(さくらい よしみつ)
VJVC LLC 代表執行役員
2006年よりベトナムに特化し、主に日本企業を対象にアドバイザリー業務を開始、
対応範囲は、現地法人設立、合弁会社設立、提携企業とのマッチング、M&A、資本参加、業務提携など多岐に渡る。
上記業務との関連性から人材分野に展開、現在はベトナムの事業法人、日本語学校や送出し機関などのアドバイザーも務めており、日本人が判り難いベトナムの法務や商慣習、実情などに精通。
独特の視点で日本の中小企業を中心に、上場企業から個人企業まで幅広く実践的にサポートする。
VJBC LLC:sakurai@vjbcllc.com